7.27.2011

カウチサーファー NO.119

カウチサーフィンという言葉を聞いた事があるだろうか。これは旅行者向けの登録制ノンプロフィット・ネットワークの名称で、個人宅を開放する地元住民、「ホスト」の家へ「カウチサーファー」と呼ばれる旅行者が無償で泊まることのできるコミュニティ・サイトである。元々は、あるアメリカ人がアイスランドへ渡航した際、宿泊先が見つからずに苦肉の策として近辺の大学生宛に泊めてもらえるか一斉メールを出したところ複数の返信を受け、そこからアイディアが生まれたらしい。現時点でホスト1,300,000軒、カウチサーファー2,990,000名の登録数を誇る本サイトの良さは、無料で泊まれることよりも文化交流をしたりガイドブックには無い情報を得ることができることである。また、地元の生活を垣間見ることができるということが人気の理由であるこのネットワーク、トラベラーは訪問先のホストを探してリクエストを出し、合意の上で宿泊が可能となる。僕らが初めてカウチサーフィンをしたのがコペンハーゲン。初回早々、僕がホストのランプを壊してしまうという事件を起こしてしまったが、以降様々な家に泊まらせてもらい、各地で素晴らしい人たちとの出会いがあった。


モンゴルでホストを探していたサエが見つけたのは、ウランバートルの外れにゲルで暮らす六人家族。どんな生活をしているのかに興味がある僕らはロシア横断時からリクエストを出し、前日にようやく連絡が取れて宿泊先まで迎えに来てくれることになった。きっと食事は羊肉が多くなるのだろう、4人の子供たちとはどんなゲームをして遊ぼう、など勝手な期待と想像を膨らませて迎えた当日の朝、自転車で迎えに来てくれたのはお父さんのべグズ。坊主頭に垂れて落ちそうな優しい目をした彼から路線バスでの行き方を丁寧に説明され、大きなバックパックと共に窮屈なバスに乗り込んで向かうこと20分。降り立ったのは砂埃が舞う未舗装の道に面した停留所。周りにはゲルやバラックのような住宅がひしめき合い、住民は明らかに部外者である僕たちから視線を離そうとしない。正しいバス停なのか不安に思いながら待つと、少しして立ち漕ぎのべグズが僕らに追いつき、丘の途中にある家に案内してもらう。





100平米ほどある広い敷地に点々と建ついくつかのゲルの一つに入ると、そこはゲストハウスにあったゲルとは異なり、生活感が漂う空間だった。中央には鉄製の囲炉裏が設置され、煙突が天窓を抜けて外へ伸びている。壁面にはものが積まれ、カラフルな木箱の上には神棚と写真が入った額が並べられている。その時家にいたのはお母さん、9歳、6歳、5歳の女の子3人で、どうやら長男は牛追いに出かけているらしい。勧められるがまま床に座ると、ヒェルムと呼ばれる薄めた暖かいミルク、牛乳を煮立てて上澄みを掬ったクリーム状のオゥルム、そして水分を飛ばしてチーズのように硬く仕上げたアロルが出された。聞くと、彼の家では体内の浄化を行うため、夏はあまり肉を食べないらしい。食後は長女マヌジンの横に座り、丘で採ってきたタンという花から根っこを取り除く作業を行い、その後べグズと3人で近辺を散歩し、裏の丘を登りながら地域について説明を受ける。




ここはウランバートル市に属するゲル地区と呼ばれる地域で、谷の間を流れる川を挟み込むように多くの人々が暮らしている。暮らしはマチマチで、べグズのように街の中心地で働く人もいれば近隣で生計を立てている人もいるが、決して裕福な場所ではなく多かれ少なかれ食料は自給自足に委ねられている。水道やガスは当然なく、電気も外から一本だけ引かれたコードにタコ足をつないで、裸電球一個とテレビ兼パソコン、そしてボリューム調整ができないラジオが一台分賄われているだけである。ネット環境は当然無いので、カウチサーフィンのサイトは職場でのみチェックしている。想像はしていたが、ナーダム祭時になかなか返事が来なかったのもそういう理由だ。




夕食は自家製のヨーグルトとパン。通常カウチサーフィンで食事の提供は含まれないのだが、彼の家では少額を支払って一緒に食べさせてもらうことができるので、僕らの分も作ってもらうようお願いしている。味は…必ずしも好みとは言いがたい味だが、経験のため、そして体内浄化のためにゆっくりとスプーンを口へはこぶ。食事が終わったと思ったら、調理した人へ感謝を込めて食器を舐めるのがここの作法だと言われる。うーん…身についた習慣が思いっきりブレーキを踏んでいる。ふとサエを見ると潔さの違いが既に行動に出ているが、踏み切れない僕は指先で食器の上をなぞって残りを集め、それを啜るようにして飲み込んで終了。意気地無いなぁ、まったく。かっこ悪いったらありゃしない。




子供たちはとても働き者だ。既に夏休みなので、長男は毎日5頭の牛を引き連れて川へ下り、長女は燃料に使う牛糞を干したり、掃除をしたりと忙しい一日を過ごす。6人家族で隠し事の無い生活は、寝床も幅の広い川の字。2日目からは僕らも作業に積極的に参加し、イロイロと新しい経験をさせてもらった。中でも、僕にとって最も印象深かったのは牛糞を使って作った屋外の釜戸だろう。彼らは2008年からカウチサーフィンに登録し、これまで様々な国から118組もの渡航者を受け入れてきたらしい。子供たちも物怖じする事なくすぐになつき、5歳児までもが拙いながらも英語を駆使してゲームに参加する。宿泊していった旅人たちの中には、彼らとの体験を綴った本を出版したり、ショートドキュメンタリーを制作した人もいる。ならば僕らもなにかという事で絵を描いてあげる事にした。





これら2枚を描いて選んでもらおうと思ったら、彼らが飼っている牛の絵を描いて欲しいとリクエストが。毎朝、乳搾りから始まる彼らの生活にとってかけがえの無い大切な牛。牛追いから戻った夕暮れから絵を描き始めたので困難を極めたが、出発の朝に無事完成。朝食の食器を綺麗に舐め終えてから絵を渡し、4日間の体験留学は幕を閉じた。




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